悲観・楽観・中庸
こんばんは。あっという間に明日で3月も下旬突入ですね。皆さん、どうお過ごしでしょうか。大学受験的には、ぼちぼち国立後期発表です。進退窮まっている人もいるかもですが、今日のテーマは「悲観・楽観・中庸」です。悲観は人の足を止め、楽観は人の足を掬います。「どうせどうやっても失敗するしな・・・」「簡単簡単ヨユーヨユー」やったことのないことに取り組むとき、あなたはどのように考えますか?ちなみに、どちらの考え方がより良く、より悪いというわけではありません。というよりも、むしろ両者とも悪いのです。
悲観的な考えが過ぎると人は何にも取り組めなくなります。テストを受けても赤点、50m走ではビリ、部活は万年補欠。仮にそう決まっている、世の中の法則として確実にそうなると決まっているとすれば、あなたは努力を続けることができますか?成功した経験が少なく、悲観的な見方が当たり前になっている人にとっては、それは現実です。(もちろん、現実は固定されてなんていません。努力すれば変えることは可能です)その結果、上を目指すとか楽しむとかでなく、怒られないことを目標とするようになります。どうせ無理なら、最小限の努力で切り抜けようということですね。ある意味賢い選択かもしれません。
対して、楽観的な考えが過ぎると人は必要な努力を見誤ります。こういう考えの人は現実と向き合わず、人のアドバイスを無視し・都合のいいところだけを聞きかじります。「あのときもどうにかなったし、余裕っしょ。」「脅しで言ってるだけでしょ。」自分の実力がそこに届いているか、それを見極めることもなく、根拠薄弱なただの思い込みで事を進めます。(これが経験と観測に裏打ちされた本物の自信であればいいのですが・・・)結果は、「あと少しで行けたんだけどな〜」「実力的にはいけたけど当日のコンディションが〜」「やるとこ間違えちゃった♪」などなど。確かにいくらかは実際その通りなのでしょうが、でも全員がそうでしょうか??よくわからない根拠の上に仮説を積み上げ、余裕こいて自分としっかりと向き合わなかった。そういったことが原因な人の方が多いのではないでしょうか。
それではどうすればいいのか。
大切なのは両者の考え方を併せ持つことです。「簡単にはできないかもしれないけど、必死でやればどうにか達成できるだろう」こう思えるのが一番良い状態です。中庸です。これを身に付けるには、常にこれを意識しながら、実際にも難しいけどなんとか達成できる課題に取り組む経験を数多く積むことです。ついつい悲観的に見てしまう人は「非現実的に」、楽観的になりがちなら「現実的に」状況を見てみましょう。まずはそれだけでも何かしら変化があるかもしれません。自分一人でどうにもできないときは、フォローしてくれる人を探しましょう。学校や塾の先生などで、あなたが信頼することができ、あなたをよく知っていて、教え導いてくれる人はいませんか。これと決めたら、時に辛くても、必死に付いて行きましょう。
ちなみに、中庸とは極端の反対語です。これは洋の東西問わず昔から人間が持つべき要素のひとつとされてきました。情報量が多い現代、極端な捉え方・考え方が目につきやすく好まれがちです。さらに、若い時は経験の少なさから思考が偏りがちになります。どっち付かずでカッコ悪く見えるかもしれませんが、自分の内面を深く捉え、上手いことバランスを取っていくことは物事を成功させるために必要な要素のひとつだと思います。