特徴
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中学生になると、『思春期』に本格突入する子が多くなります。様々なことに敏感になり、理想と現実の狭間で葛藤し、大人の言うこと(とりわけ、親の言うこと)に素直に耳を傾けられなくなる。そういった子が多くなってきます。
しかし、これは将来の独り立ちへの準備でもあり、自分の人生を歩むために自分自身で考えてゆこうとしている証拠でもあります。本人にとっても、周りにとっても一大事ではありますが、これは成長の裏返しでもあり、やりようによっては子どもの能力を大きく伸ばすチャンスでもあると言えるでしょう。
目標
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自分のことはなるべく自力で出来るようになること、すなわち『自己管理能力』を向上させることが、中学生を指導する上で、青稲塾が大切にしていることの一つです。
一般的に、この時期には前頭前野(脳内の理性を司る部位)の発達がピークを迎えます。これは、合理的かつ長期的に様々なことが考えられるよう、脳の性質が大人のそれに近づいていることを意味し、したがって、自己管理を学び始めるのに最適なタイミングだと言えるわけですが、そうした時期をうまく活用し、自己管理能力を適切に養成するにあたり、必ず守るべきことがあります。それは、その子に敬意を払い、その考え方を尊重することです。
「人生経験の少ない子どもの考えなんて大した事ない。酸いも甘いも噛み分けた大人たる自分自身が、より良いやり方を示してやらなければならない。どちらが効率的かなんて、議論するまでもない」という主張はある面では正しいかもしれませんが、しかし、それが続いてしまえばどうなってしまうでしょうか?多くの場合、やがて子どもが自分で考えて行動を起こすことはなくなり、結果として成長も止まってしまうという悲劇的な末路をたどることになるのは想像に難くありません。
もちろん、半分子ども・半分大人たる、この時期の少年少女の行いは、大人の目から見ると多くの場合ツッコミどころ満載であるのが実情でしょう。その上、精神的混沌の渦中にある彼らにとっては、周囲の大人の言うことを素直に聞き入れることは難しく、その結果として、とりわけ心を許している周囲の人物に対して反抗的な態度を取ってしまうことも多いわけですが、これが大人側からすると、「今までは素直だったのに・・・」と、唐突な反抗に対する率直な反応として面くらってしまうのも無理からぬことでしょうし、また、そうした心理から生じる自然な行動として、多々目につく子どもの至らない点を免罪符に、それがもたらしてしまう結末について深く考えることなく、愛する我が子に小言を言い続けてしまうというのも、また致し方ない、ある意味では素朴な、ありふれた行動であると言えるでしょう。
しかし、やはり、ここで思い出してほしいのは、彼らは思春期真っ只中にあり、そして、思春期とは、一人の人間として未だ不安定な存在である個人が、自己を確立し、精神的に独り立ち出来るようになる『一大変革の時』であるという事実です。
思春期真っ盛りの子どもたちは、そうした自己存在の一大転換期にあり、その反動として、一般的に他者の意見に素直に耳を傾けることがそれ以前に比べて難しい状態にあります。(もちろん、あからさまに反抗する子も居れば、表面上は大人しくしつつ、行動が改善される兆しは一向に見えない・・・なんて子もいます)
そうした状況にあって心がけるべきことは、たとえ良かれと思えども、転ばぬ先の杖を差し出すことを避けることです。中学生と小学生は質的に大きく異なります。察する能力も高まってくるので、大人の行動の中に少しでも「コントロールしたい」という欲求が見え隠れすると、(たとえその行動が善意から生じたものであれ)過敏に反応します。結果、良かれと思っての行動にも関わらず、全くの徒労に終わるどころか、逆に関係性が悪化してしまうことも珍しくありません。思春期の少年少女に対して行うべきことは、本人の意志をなるべく尊重し、経験を積ませ、本当に困った時に助言を与えることです。それこそが、このタイミングで我々大人がやるべきことなのです。
大切な我が子だから、なるべく失敗が少ない人生を歩んで欲しいと思うのは自然なことですが、失敗したから(または成功したから)といって、そこで人生が終わるわけではありません。
自分で考え、挑戦し、失敗し、工夫し、成功する。そしてまた次の課題にトライする・・・。そうした挑戦と失敗の循環運動の中でこそ、骨太の自己管理能力が大きく花開きます。大人の目で見て、失敗がわかりきっているからといって、その経験を奪ってはなりません。失敗が許容されなければ、それを過度に恐れるように育ちます。リカバリーする方法を学ぶ機会だって得られません。千尋の谷に我が子を突き落とす獅子の心構えを持ちましょう。可愛い子にほど、旅をさせましょう。
転ばぬように手を引っ張ったり、足元の石を取り除いてあげるという導き方はもう卒業です。転んだ時に手を差し伸べ、起き上がれない時に励まし、次回はどうすれば転ばずに済むか一緒に考えてあげる。こうした姿勢こそが、『自己管理能力』を向上させる大きな助けとなるでしょう。
改善案
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では、中学生の自己管理能力を向上させるために、周囲の大人にできる具体的手立てはないのでしょうか?
青稲塾では、とりわけ『内省を促す仕組み作り』を大切に考えています。
たとえば、授業の終わりに「遅刻しなかったか?集中出来たか?忘れ物は?宿題忘れはなかったか?」を問い、それらを総合的に勘案し、10段階の『自己評価』を行う時間を設ける。
あるいは、授業終了時に次回授業日までの家庭学習スケジュールを確認し、次回授業開始時に、あらかじめ定めておいた評価基準に沿って、家庭学習についての『自己評価』を促す。
または、定期考査終了時に次回考査までの予定を立て、次回考査終了時に、予定通りの生活を送れたのかについて、『自己評価』を行わせる。
自己管理能力向上には、このように定期的に自己評価を行わせることによって、『主体性』を維持しつつ、徐々に『基準』を刷り込んでゆくのがポイントです。
ここで大切なのは、大人側が先んじて評価し、叱りつけるということは絶対に避け、あくまでも、自己の行いを自分自身で振り返らせることを徹底し、それについて自分自身がどういう感情を持つかをしっかりと認識させることです。
お仕着せの義務感が次の一歩を後押しすることはありません。我々大人側が行うべきは、あくまで『自立のための支援』です。助言を行うのは、助けを求められたときに限定すべきであり、内容についても、誤りの指摘というよりも、むしろ「今後の目標達成のために、何に注意すべきか」ということを主に話し合うのがよいでしょう。
繰り返しになりますが、周りの大人がすべきことは、助言を求められるまで、ひたすら耐えること。あれや、これやと口煩く言わないこと。そして同時に、「いつでも頼ってくれて大丈夫だよ」というサインを出し続けること。そうした受容と寛容の精神のもとで良き関係を築き、それを維持し続けること。
まずはその第一歩として、素直に頼ってもらえるよう、そのための雰囲気・関係性作りを青稲塾は非常に重視しています。
このようなサポートのもと、周囲の出来事を自分ごとに捉え、おのずから取り組んで行く姿勢、主体性を持った人物に
第一歩を踏み出してもらうために、
青稲塾はこうした考え方のもと、
主体性を持った大人になる第一歩を踏み出してもらうために、自分ごとに考え、おのずから取り組んで行く姿勢を養うために、まずはその第一歩として、素直に頼ってもらえるよう、そのための雰囲気・関係性作りを非常に重視しています。