『集中』(定着の一)

『集中』の質は興味・関心に大きく左右される。たとえば、好きな漫画だったら、読み始めた瞬間から誰に呼ばれても気が付かないくらい深い没頭状態を、いくらでも継続できるが、苦手な教科の勉強となるとスマホが気になり、すぐに脱線してしまうなんて人は多い。

これがそれほど関心がなくとも『深く・早く・長く』集中出来る能力を身につけたいとなると、それは日々のたゆまぬ鍛錬による他ないが、いくらかの工夫を行うことで集中力を一時的に向上させる助けとすることは可能である。『剪定・助走・締切』を足がかりに集中の質を高めよう。

『剪定』(集中の一)

自分史上最高のスケジュールを策定し、効率的な学習の作法も心得た。「さあやるぞ!」と意気込んで始めたは良いものの、なかなか集中出来ないし、20分もすると他のことが気になりはじめ、どうしても勉強に集中できない。いつの間にやら中断し、他のことを始めてしまう。集中の質が極めて低い。学習初級者にはありがちなこのような状況には、どう対処するべきだろうか?

『集中』に入るのがすこぶる遅く、質的にもごく浅く、少し時間が経つとすぐに途切れてしまう。このように、集中が『浅く・短く・遅く』なってしまう原因の一端は、まず『可能性の枝葉が茂り過ぎていること』にある。

干渉行動(やるべきではないが、しかし本能に訴えかける行動)』を想い起こさせる「何か」が知覚され、その行動が意識の俎上に像を結び始めると、『標的行動(今やるべき行動)』が明確に存在しようとも、人間である以前に動物であり、したがって本能志向的な我々にとって、そうした魅力的な誘惑に抗うことは途端に難しくなり、それを意識から排して、『標的』に集中を引き戻し、かつその状態を保ち続けることは一般に至難の業となる。

このような人間の性質を考えるに、こうした、集中を要する状況で必要となるのは、『標的行動』に対する『干渉行動』が頭に浮かばないよう工夫を行うこと、つまり可能性の枝葉を刈り取ってやることである。すぐに実行できることを以下に二点説明する。

まずひとつめは『標的行動』に無関係なモノへの接続難度を高めることである。

たとえば「通学中の車内でついスマホを触ってしまう」のであれば、スマホをカバンの底にセットし、教科書等で覆い尽くしてみてはどうだろうか。「家庭学習中についついスマホを触ってしまう」のであれば、電源を切り、食器棚の一番奥に閉まってある重箱の中にでも入れておいたり、ロッキングコンテナを活用したり、可能なら親に預かってもらう。それでも防げないなら、受験が終わるまで解約してしまうのも一手だろう。

このように『干渉行動』を思い起こさせる要因と物理的・精神的に距離を取り、それが意識に上るのを防ぐことができれば、『深く・長い集中』の実現に寄与することだろう。

ふたつめは『標的行動』を時間・空間ごとに『あらかじめ』割り当てておくこと

ところで、「勉強しなきゃ・・・」と思いつつも、なかなか遊びを中断できず、でもそんな現実に抗えるように集中力を養いたい・・・。そんなふうに思い、この記事を読んでくれているだろうあなたに、残念なお知らせがある。

ものごとを惰性で続けてしまうのは我々の基本設計である。

程度の差こそあれ、変化を避けようとするのは我々の生まれ持った性質であり、変化を生じるには何かしらの強制力が仕事をする必要があるのだ。特に現在進行形の行動が自己にとって好ましいそれである場合、強固な意志力でもって『標的行動』に向けて舵を切ることは一層難しくなる。

そこで重要になってくるのが、この『あらかじめ』というやつだ。まだそうした『楽しいけれど不必要な行動』の影響を受けていないタイミングで「どこで・何に・どの程度時間を使うか」について決めておく。いわゆる『if-thenプランニング』というやつだが、なかなかどうして、こんな単純で些細な一手でも、背中を押してくれることはあるらしい。

とはいえ、実際には、「プランは作れど一向に守れない・・・」という人もいるかも知れない。そうした場合には、さらにその予定を、家族なり友達なり「この人だけは失望させたくないな」という人に向けて宣言しておくと良いだろう。人間は社会的存在であるがゆえ、周囲の人々をうまく巻き込むことで、強制力を高める一助となるだろう。

『標的行動』の設定方法としては、具体的には以下の例を参考にしてほしい。

  • 「行きの車内の30分間」
    →「前日夜に覚えた英単語の復習」
  • 「非受験科目の授業中」
    →「日本史の用語暗記」
  • 「昼休みの図書館」
    →「英文法の復習」
  • 「帰りの車内の30分間」
    →「日本史の流れ学習」
  • 「帰宅直後の90分間」
    →「英文解釈の学習」
  • 「夕飯直後の90分間」
    →「現代文の学習」
  • 「入浴中」
    →「英単語学習」
  • 「入浴直後の90分間」
    →「英単語を暗記」
  • 「入眠直前の30分間」
    →「頭の中で当日やったことを総復習」

『助走』(集中の二)

「せっかく取り掛かり始めたのに、なかなか集中できず、やるべきことが遅々として進まない・・・」そんな経験はあるだろうか?「集中に入れないってどういうこと?」とキョトンした顔で頭の上に疑問符を浮かべる人もいれば、反対に苦虫を噛み潰したような顔で同意する人もいることだろう。

さて、今あなたの眼前に今日やっておくべき『重たい標的行動』があるとしよう。たとえば、それは複数分野を横断する、一見した限りではどこから手を付けるべきなのかさえわからない数学の応用問題である。とはいえ、今の君は、分野ごとの基礎知識は十分に保有していて、それをどうにか組み合わせれば解けそうな予感はあるものとする。にもかかわらず、実際に問題に相対し、がっぷり四つに組み合わんとしてみると、なんとなく頭に靄がかかったような、いつもと比べて頭が働いていない、うまく集中できていない、そんな気がする・・・。

そのような、なかなか上手く集中に入れない状況で行うべき行動が、集中のためのウォーミングアップ、すなわち『助走』である。思考力を要する『重たい標的行動』に取り組むことを一旦棚上げし、問題を解くのに最適な冴えた状態を作るために、二種類の準備運動を行う。

ひとつは勉強の前に軽い運動を取り入れることである。

文字通りの準備運動である。というのも、脳を効果的に動かすには栄養と酸素が不可欠であるが、それらを運ぶのは血流である。よって冴えた精神状態を実現したいのでのであれば、脳への血流を改善する必要があり、それに有効なのが文字通りの運動なのである。オススメは軽めのジョギング、目安は「ぎりぎり会話が出来る速度」が良いだろう。(ちなみに、「余裕で会話が出来る速度」だと負荷が軽すぎて血流が改善されず、「会話が出来ない速度」だと負荷が重すぎて筋肉への血流が増してしまうために不適切である)なお、運動に不慣れな人はウォーキング、慣れている人はランニングでもよい。ちょうど良い強度の運動を勉強開始前の習慣にし、集中の瞬発力を高めよう。特に、一日中じっと座って長時間勉強を続けている浪人生などは、血流が滞りがちである。朝・昼・晩の休憩時間に意識的に体を動かすよう心がけよう。

もうひとつは『軽めの標的行動』から手を付けることである。

要は、頭の準備体操とでも言えばいいだろうか。復習・単語暗記などの比較的思考力を必要とせず、時間も掛からないこうした『軽めの行動』は、深く考え込まずともスピード感をもってサクサク達成し続けることが出来る。そしてこれを一定時間続けると、短時間で得られる成功体験の連続に脳は徐々に活性化し、難問を解くのに適した冴えた状態へと変化してゆく。たとえば、以下のような『軽い標的』に5分から10分ほど費やし、手と頭を素早く動かし続け、なるべく早いタイミングで『集中』に入れるよう心がけよう。

  • 復習
  • 計算問題
  • 英単語暗記
  • 国語漢字暗記
  • 古文単語暗記
  • 社会用語暗記
  • 理科用語暗記

なお、これを行う上で注意すべきことが二点ある。『速度』と『所要時間』である。ダラダラ行ってしまえば、たとえ『軽めの標的行動』であろうとも、脳のギアは上がってゆかない。また、助走の目的は飽くまでも後に控える『重たい課題』に立ち向かう勢いをつけることである。くれぐれも、なかなか頭に入ってゆかない概念に相対し、頭を捻り続けるようなことはしないこと。そして、いくら楽しくなってきたとしても、15分以上の時間は取らないように心がけよう。ゆめゆめ、助走のための助走は行わないように。

『締切』(集中の三)

集中に『早く』入るコツを掴み、ある程度の『深さ』で集中出来るようになったが、集中を長時間維持することがなかなか難しい・・・。このような場合には何をもって対処すればよいのだろうか?

初めにチェックすべきは健康状態である。寝不足であるとか、度を越して疲れ切ってしまっているとかであるならば、まず必要なのは休息を取ることであり、次に疲れがたまらないよう生活習慣を、特に睡眠習慣を整えることである。(『睡眠(定着の三)』を要参照)頭は体の一部である。体が疲れ切っている時に、頭だけは上手く働くかいうと、残念ながら、大抵の場合その試みは失敗に終わる。

では、体が疲れているわけでもないのに、なぜか集中が長続きしない場合、その原因はどこにあるのだろうか?これは我々人間の本能によるところが大きい。我々は終わりのない苦行には絶えられないし、期日に余裕があればいつまでもダラダラし続ける。(修正(段取の三)』でも話したとおり、我々は『き・な・こ』なのだ)

一般に我々は連続して何時間も集中出来るようには作られていない。

まずは、この事実を受け入れよう。諸説・個人差あるが、強度次第で集中が持続する限界は15分から90分である。よって、連続的な長時間集中は潔く諦め、断続的に集中学習を繰り返すことで集中時間を総量として伸ばしてやるというのが現実的な戦略である。そしてその目的に適した、比較的手軽かつ効果的な方策が『締切の可視化』である。具体的にすべきことは二点あるのだが・・・

まず第一に、『こまめな休憩』を設定することである。

勉強時間をある程度細切れにし、合間合間に短い休憩時間を設定する。というのも、『集中』を妨げる要因の一つは「時間が十分ある」という思い込みである。よって、たとえば勉強25分間・休憩5分を一コマとし、それに対して適切な『標的行動』を設定する。これによって期日までの時間を認識しやすくなり、メリハリが効き、間延び学習を防げる確率が上がる。

第二に『標的行動の切り替え』を利用することである。

休息を取った後に同じ教科・分野を勉強できる状況にあると「今絶対にこれを終えておくべき」という発想になりにくい。まず、『標的』によって異なる所要時間に合わせて時間を割り振ること。そして、「この標的行動はこの時間内に完結させるぞ!」と強い意識を持ち、それに全力を尽くすこと。さらに、それを終わらせ次第、すぐに異なる『標的行動』に移行するという習慣を持つようにするとよいだろう。

さて、このように集中を保つ具体的方策として『こまめな休憩』と『標的行動の切り替え』の二つを紹介したが、それらを行う際の注意点もまた二つある。まず第一の注意点としては・・・

不慣れなものにおいては正確性を優先することである。

『焦点(習熟の二)』でも説明した通り、該当知識を素早く引き出せることは他の項目への応用といった面でも重要だが、時間対効果を気にするのはあくまでも『軽い行動』(『未完』の知識を『自在化』すること)のみに限定し、『重い行動』(『未習』の知識を『構造化』すること)については、むしろ余裕を持って時間を設定し、学習対象と向き合うことを何よりも優先すべきである。そして第二の注意点としては・・・

『締切』には合理性を持たせる必要があるということである。

夏休みの課題を思い出してほしい。たとえば合計40ページの宿題を一日に1ページずつを締め切りとして、着実に終わらせてゆけば苦労もなく確実に終わるはずなのに、結局実行出来なかった思い出はないだろうか?

その原因は『締切』に合理性を欠いていることにある。仮に今日の締切を守らなくても明日やれば間に合う。今日やらなくても罰を受けることも、その逆に褒められることもない。こうした状況にあっては、「後回しでも問題ないかな」となってしまうのが『き・な・こ』な我らである。

では、その合理性なるものを生み出すには、どのような工夫が必要となるだろうか?一案として、こうしたものはどうだろうか?

まず短期間(たとえば一週間だけ)本気を出して打ち込み、どの程度の速さで知識を身につけられるのかを確認する。その上でその結果を根拠に主体的にスケジュールを組んでみるのである。(人任せにすると「いや〜脅してるだけでしょ」と現実逃避し、危機感を持たなくなりがちだ。他者の意見は参考程度に留め、「自分で決定すること」が重要である。主体的に情報を集め、拙いながらも、いくらかの判断を繰り返し、そして失敗することによって、初めてそこに危機感、合理性が生じるのである。(計画策定方法は『分析(段取の一)』『計画(段取の二)』を参照しよう)

「自分が本気を出せば簡単簡単♪」という誤った思い込みに根ざした砂上の楼閣の如き自信ではなく、「難しいだろうがやってやれないことはない」という現実的楽観主義を根拠に学習を続けよう。