
『集中』の質は興味・関心に大きく左右される。たとえば、好きな漫画なら読み始めた瞬間から呼ばれても気が付かないくらい深く没頭している状態をいくらでも継続できるが、苦手な教科の勉強となるとスマホが気になり、すぐに脱線してしまうなんて人は多い。
これがそれほど関心がなくとも『深く・早く・長く』集中出来る能力を身につけたいとなると、それは日々のたゆまぬ鍛錬による他ないが、いくらかの工夫を行うことで集中力を一時的に向上させることは可能である。『剪定・助走・締切』を足がかりに集中の質を高めよう。
『剪定』(集中の一)
自分史上最高のスケジュールを策定し、効率的な学習の作法も心得た。「さあやるぞ!」と意気込んで始めたは良いものの、20分もすると他のことが気になりはじめ、どうしても勉強に集中できない。いつの間にやら中断し、他のことを始めてしまう。集中の質が極めて低い。学習初級者にはありがちな状況だが、どう対処するべきだろうか?
『集中』が『浅く・短く・遅く』なってしまう原因の一つは『可能性が開かれ過ぎていること』にある。
『やるべきでないが、しかし本能に訴えかける行動(Rival)』を想い起こさせる何かが知覚され、その行動が意識の俎上に浮かび上がってくると、『やるべき行動』がある状況にあろうとも、本能志向的であることが多い大多数の学習初心者にとっては、それに集中するのは至難の業となる。
これを乗り越える集中力があればいいが、今の自分にそんなものは望めない。では、そのような場合、どうするべきか?必要なのは『取り組むべき課題(Task)』に対する『競合行動(Rival)』が頭に浮かばないよう工夫を行うこと、つまり可能性の枝葉を刈り取ってやることである。すぐに実行できることを以下に二点説明する。
第一に『Task』に無関係なモノへの接続難度を高めることである。
たとえば「通学中の車内でついスマホを触ってしまう」のであれば、スマホをカバンの底にセットし、教科書等で覆い尽くす。
「家庭学習中についついスマホを触ってしまう」のであれば、電源を切り、食器棚の一番奥に閉まってある重箱の中にでも入れておいたり、ロッキングコンテナを活用したり、可能なら親に預かってもらう。それでも防げないなら、受験が終わるまで解約してしまうのも一手である。
このように『Rival』を思い起こさせる要因と物理的・精神的に距離を取り、それが意識に上るのを防ぐことによって、『深く・長い集中』を実現しよう。
第二に実行すべきは『Task』を時間・空間ごとにあらかじめ割り当てておくことだ。
ところで「勉強しなきゃ」と思いつつ、なかなか遊びを中断できず、そんなことがなくなるように集中力を養いたいと思い、この記事を読んでくれているだろうあなたに、残念なお知らせがある。
ものごとを惰性で続けてしまうのは我々の基本設計である。
程度の差こそあれ、変化を避けようとするのは我々の生まれ持った性質であり、変化を生じるには何かしらの強制力が仕事をする必要があるのだ。特に現在進行形の行動が楽しいものである場合は「やるべき行動(『Task』)」を想像し、それに向けて行動を切り替えてゆくことは一層難しくなる。
そこで、この『あらかじめ』というのが重要になってくる。まだそうした『楽しいけれど不必要な行動』の影響を受けていないタイミングで「どこで・何に・どの程度時間を使うか」について決めておき、できればそれを家族なり友達なりに宣言しておくと良い。人間は社会的存在であるがゆえ、周囲の人々をうまく巻き込むことで、強制力を高める一助となるだろう。
『Task』の設定方法としては、具体的には以下の例を参考にしてほしい。
- 「行きの車内の30分間」
→「前日夜に覚えた英単語の復習」 - 「非受験科目の授業中」
→「日本史の用語暗記」 - 「昼休みの図書館」
→「英文法の復習」 - 「帰りの車内の30分間」
→「日本史の流れ学習」 - 「帰宅直後の90分間」
→「英文解釈の学習」 - 「夕飯直後の90分間」
→「現代文の学習」 - 「入浴中」
→「英単語学習」 - 「入浴直後の90分間」
→「英単語を暗記」 - 「入眠直前の30分間」
→「頭の中で当日やったことを総復習」
『助走』(集中の二)
「せっかく取り掛かり始めたのに、なかなか集中できず、やるべきことが遅々として進まない・・・」こんな経験はあるだろうか?「集中に入れないってどゆこと?」とキョトンした顔で頭の上に疑問符を浮かべる人もいれば、反対に苦虫を噛み潰したような顔で同意する人もいるだろう。
さて、今あなたの眼前に今日やっておくべき『重たいTask』があるとしよう。それは複数分野を横断する数学の応用問題であり、どこから手を付けるべきかさえわからない。しかし、分野ごとの基礎知識は十分保持していて、それをどうにか組み合わせれば解けそうな予感はある。にもかかわらず、問題に相対し、手を動かしてみると、なんとなく頭に靄がかかったような、いつもと比べて頭が働いていない、うまく集中できていない、そんな気がする・・・。
そんな、なかなか上手く集中に入れない状況で行うべき行動が、集中のためのウォーミングアップ、すなわち『助走』である。思考力を要する『重たいTask』に取り組むことを一旦棚上げし、問題を解くのに最適な冴えた状態を作るために、二種類の準備運動を行う。
ひとつは勉強の前に軽い運動を取り入れることである。脳を効果的に動かすには栄養と酸素が不可欠であるが、それらを運ぶのは血流である。よって冴えた精神状態を実現したいのでのであれば、脳への血流を改善する必要があり、それに有効なのが文字通りの運動なのである。オススメは軽めのジョギング、目安は「ぎりぎり会話が出来る速度」。(余裕で会話が出来る速度だと負荷が軽すぎて血流が改善されず、会話が出来ない速度だと負荷が重すぎて筋肉への血流が増してしまうために不適切)運動に慣れている人はランニング、不慣れな人はウォーキングでもよい、ちょうど良い強度の運動を勉強開始前の習慣にし、集中の瞬発力を高めよう。(じっと座って長時間勉強を続けていると血流が悪くなるので、特に浪人生などは、朝・昼・晩の休憩時間に意識的に体を動かすとよいだろう)
もうひとつは『軽めのTask』から手を付けることである。復習や、単語暗記などの比較的思考力を必要とせず、時間も掛からないこうした『軽めのTask』は、深く考え込まずともスピード感をもってサクサク達成し続けることが出来る。そしてこれを一定時間続けると、短時間で得られる成功体験の連続に脳は徐々に活性化し、難問を解くのに適した冴えた状態へと変化してゆく。たとえば、以下のような『軽いTask』に5分から10分ほど費やし、手と頭を素早く動かし続け、上手く『集中』に入ろう。
- 復習
- 計算問題
- 英単語暗記
- 古文単語暗記
- 社会用語暗記
- 理科用語暗記
なお、これを行う上で注意すべきことが二点ある。「速度」と「所要時間」である。ダラダラ行ってしまえば、『軽めのTask』であろうとも、脳のギアは上がってゆかない。また、助走の目的は飽くまでも後に控える『重たい課題』に立ち向かう勢いをつけることである。『高速回答・合計15分以内』を目安に行おう。
『締切』(集中の三)
集中に『早く』入るコツを掴み、ある程度の『深さ』で集中出来るようになったが、集中を長時間維持することがなかなか難しい・・・。このような場合には何をもって対処すればよいのだろうか?
初めにチェックすべきは健康状態である。寝不足であるとか、度を越して疲れ切ってしまっているとかであるならば、まず必要なのは休息を取ることであり、次に疲れがたまらないよう生活習慣を、特に睡眠習慣を整えることだ。(『睡眠(定着の三)』を要参照)頭は体の一部であって、体が疲れ切っている時に頭だけ動かそうとしても、その試みは大抵の場合失敗に終わる。
では、体が疲れているわけでもないのに、なぜか集中が長続きしない場合、その原因はどこにあるのだろうか?これは我々人間の本能によるところが大きい。我々は終わりのない苦行には絶えられないし、期日に余裕があればいつまでもダラダラし続ける。(『修正(段取の三)』でも話したとおり、我々は『き・な・こ』なのだ)
まずは、「一般に我々は連続して何時間も集中出来るようには作られていない」という事実を受け入れよう。(諸説・個人差あるが、強度次第で集中が持続する限界は15分から90分)したがって、連続的な長時間集中は潔く諦め、断続的に集中学習を繰り返すことで集中学習時間を総量として伸ばしてやるというのが現実的な戦略である。そしてその目的に適した、比較的手軽かつ一定の効果を見込める方策が『締切』の可視化である。
具体的にすべきことは二点。
第一に、勉強時間をある程度細切れにし、『こまめな休憩』を設定することである。『早く集中に入ること』を妨げる要因の一つは「時間が十分ある」という思い込みである。よって、たとえば勉強25分間・休憩5分を一コマとし、それに対して適切な『Task』を設定する。これによって期日までの時間を認識しやすくなり、メリハリが効き、間延び学習を防げる確率が上がる。
第二に『Taskの切り替え』を利用することである。休息を取った後に同じ教科・分野を勉強できる状況にあると「今絶対にこの『Task』を終えておくべき」という発想になりにくい。よって「この『Task』はこの時間内に完結させるぞ!」と強い意識を持ち、それを終わらせ次第、すぐに異なる『Task』に移行するという習慣を持つようにしよう。
さて、このように集中を保つ具体的方策として『こまめな休憩』と『Taskの切り替え』の二つを紹介したが、それらを行う際の注意点もまた二つある。
まず第一に不慣れなものには正確性を優先することである。『焦点(習熟の二)』でも説明した通り、該当知識を素早く引き出せることは他項目への応用といった面でも重要だが、時間対効果を気にするのはあくまでも『軽いTask』(たとえば『未完』の知識を『自在化』すること)のみに限定し、『重いTask』(たとえば『未習』の知識を『構造化』すること)については、むしろ余裕を持って時間を設定し、学習対象と向き合うことを何よりも優先すべきである。
そして第二の注意点として、『締切』に合理性を持たせることである。夏休みの課題でも、たとえば合計40ページの宿題を一日1ページずつ終わらせれば楽に確実に終わるはずなのに、結局実行出来なかった思い出はないだろうか?
その原因は『締切』に合理性を欠いていることにある。仮に今日の締切を守らなくても明日やれば間に合う。今日やらなくても罰を受けることも、逆に褒められることもない。こうした状況にあっては、「後回しでも問題ないかな」となってしまうのが『き・な・こ』な我らである。
ではその合理性なるものを生み出すには、どのような工夫が必要となるか?
まず短期間(たとえば一週間だけ)本気を出して打ち込み、どの程度の速さで知識を身につけられるのかを確認する。その上でその結果を根拠に主体的にスケジュールを組んでみることである。(人任せにすると「いや〜脅してるだけでしょ」と現実逃避し、危機感を持たなくなりがちだ。他者の意見を参考にするのもよいが、必ず出来ることは自分で行おう。主体的に情報を集め、拙いながらも、いくらかの判断を繰り返し、そして失敗することによって、初めてそこに危機感が生じるのだ。(計画策定方法は『分析(段取の一)』と『計画(段取の二)』を参照しよう)
「自分が本気を出せば簡単簡単♪」という誤った思い込みに根ざした砂上の楼閣の如き自信ではなく、「難しいだろうがやってやれないことはない」という現実的楽観主義を根拠に学習を続けよう。